二十四
梅雨が明け、日射しの強い季節になってきた。朝型の生活にしてから私は毎日六時に起きている。朝食はピラミを有効活用し作ってもらっている。今日も着替えを済ませ関帝廟に朝食を受け取り自室で緒子と一緒に食べている。リビングで緒子と朝食をとりながら、私は外の景色を眺めた。初夏を伝える朝のさわやかな日射しがリビングにまで届いている。睡眠時間が短くなったもののこうして毎日落ち着いた食事ができ、緒子と短い時間でも遊んであげれることに私は満足していた。ところが人間というのは欲深いもので現状に慣れると、次々とまた不満が噴出してくる。今度は働いている間の緒子の様子が気になり始めた。
どうしようもないことなのだけれど、毎晩緒子の寝顔だけを見るのがやはり寂しい。ピラミ住民は皆働いていて、帰宅もそれなりに遅かったが、その中でも私の帰宅時間は飛び抜けて遅かった。亜子の部屋のカーテンは一年中閉まらないというのはピラミでは有名な話だった。一昔前なら、子供と親が一緒にいる事こそ子供に取って一番大切なこと。早く帰ってきなさいと怒られそうだが、ピラミには強力なヘルパーさん達がいるので一概にそうとも言えないだろう。多かれ少なかれ皆同じ境遇なのだ、そういう避難をする住民はいなかった。皆私の体調を心配をしてくれた。私は半分趣味みたいなものだから心配しないでと笑った。宅ちゃんも私の悩みを理解していたので夜、私が緒子を見ていると気にして声をかけてくれた。
ある夜宅ちゃんは私に緒子の部屋にカメラを付けてはどうかと提案してくれた。最初は監視してる気がして躊躇していたのが最終的に私はお願いした。いつの間にか私は親バカになっていたようで、少し恥ずかしくなった。電化製品だったこともあり、家電オタクの宅ちゃんの動きは迅速だった。あっという間にカメラの設置を済ませ、日曜日に関帝廟で開通式をした。宅ちゃんが私のスマートフォンで設定すると緒子の顔が画面に映った。淳子や住民の皆もやってきて一緒になスマートフォンを眺めた。そんなことを知らない、緒子はすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
翌日から私はお昼休みに必ず、スマートフォンで緒子を眺めた。このスマートフォンから子供を見るアイデアはすぐさまピラミでも人気になり、瞬く間に普及した。救いようのない親バカ達である。そのうちクワイヤにもモニタが付き、各室の子供達が見えるようになり、ヘルパーのさんたちにも好評だっだ。
ある日、鳩おばさんから緒子が熱を出しているとのメールが届いた。この頃緒子はよく熱を出す。安静にさせるとの内容だった。いつもなら心配で仕方ないのだが、スマートフォンで緒子を見るとなぜか少し安心した。確かに辛そうにしている。できれば本当は看病してあげたいのだが、仕事もまだ片付いていない。こう言う時が一番心苦しい。泣く泣く私はヘルパーさんに緒子の面倒をお願いした。
ピラミに帰宅した私は、急いで宅ちゃんに緒子の様子を聞いた。幸い熱も下がったようで、私は安心すると話がついつい愚痴に変わってしまった。今日もそうだったが、私の悩みを理解してくれる人はピラミの外にはほとんどいない。ピラミのような育児方針を真っ向から否定する人達も少なくない。だからピラミの誰かに聞いてほしかったのだろう。
振り返ると、ピラミに来た当初、ヘルパーさんに愚痴ってるお母さんたちを何人も見かけたのを思い出す。今度は私の番というわけだ。
「あなたにはあなたの人生がある。それは大切にしなさい。子供と一緒にいることが、必ずしも幸せとは限らないわ。私たちのしている事は、一見子供の保育をしているように見えるけれども、それは表面的なものよ。私たちのはあなたが外で活躍出来るようにするのが仕事なの。これは世間に対する私たちの小さな抵抗ね」といった。ヘルパーさんはいつも私の見方になってくれる。お母さんになっても、誰かに甘えたい時もある。どんなに強い人間でも一人では生きていけないと思った。